73式

妙齢専業主婦の雑記帳である。文章を書く練習のため、ほぼ毎日更新の予定。

形状

 私が家族に害された話を書くときは、真相をその五割引きくらいだと考えてくれた方が良い。私は卑怯者だ。不甲斐ない自分の状態を、環境のせいにしようとしている。

 理想的で完璧な家庭なんて世界中を探してもどこにもないことくらい分かっている。そりゃあ貧富やら幸福感、距離感等色々区別はあるだろうが、その感じ方も個人によって違う。現に、同じ親に育てられた三人兄妹のうち、私のみがいい加減で自堕落で根性がない。それでも運がよっぽど良いのか、最も楽ちんな人生を歩んでいる。私はその後ろめたさを幼い頃兄妹の中で「比較的」放置されて育った環境のせいにしようとしている。何だ、これじゃあ大学時代のサークル仲間とおんなじじゃないか。

 私の実家は父親がルールだった。夫の実家では父親ははみ出し者だった。

「うちの両親、仲悪いんだよねぇ」

 事前にそう聞いていたが、それでもこの年まで離婚せずにずっと一緒にいるのだからそこまでではないのだろうと思っていた。実際に会ったら分かった。上手く言えないのだが、何と言うかこう、絶対に目を合わさないというか頑なに同じものを見ないようにするというか……。

 私が何かを言う。義母がそれに対して返事をする。義母の返事に対する感想を、義父が私に言う。この夫婦は直接の対話を避けているように見えた。

 私の両親は仲が良い。父は母をものすごく愛している。父がおっかなかったのは、子どもたちがいることで母との時間が上手く取れなかったからじゃないのかな? と最近は思う。だったら三人も作んなよって話だが、まぁ推測なので。

 先日夫の実家にお呼ばれしたとき、家には義母しかいなかった。

「お義父さんはいないんですか?」

「知らない。朝からどっか行った」

 毎度この調子である。

 義父の本棚にはたくさんの文庫本が詰まっている。その中には私と共通した趣味のコレクションがあり、出来れば借りて帰りたいなぁと思った。

義母「勝手に持ってっちゃえば? どうせ読んでないし。ただ集めてるだけよ」

私「いや、それは……(コレクター趣味が勝手に物を持っていかれる時の不快感を知っているので、直接かけあいたい)」

義母「あんたたち(夫&義弟)、お父さんにちょっと電話かメールで聞いてみなさいよ。七味ちゃんが本借りたがってるって。私連絡先知らないもん」

夫&義弟「俺だって知らないよ」

 家族の形状は様々だ。出来れば、他の形状も知りたいので誰か書いて下さい(笑)。

偏食

 三人兄妹の真ん中である。

 一般に中間子は上と下に比べて損をすることが多いと言われている。私もそうだったはずだ。昔は「そうだった」と断言出来ていたのだが、最近曖昧になってきた。時が経つにつれて「優遇されたこと」の記憶が消えていって、「不公平な思いをしたこと」ばかりがずしんと未だに残っている感じがする。

 簡単に言えば、兄は「お兄ちゃんだから」と優遇されていた。妹は「一番年下だから」と甘やかされていた。私は宙ぶらりんだった。私のアルバムに残った写真は家族の中で誰よりも少ない。そのせいだろうか、私は両親というか、家族全体に対してかなり薄情な方だと思う。

 父とのアレコレは以前書いたので、今回は母との話。小さい頃にすごく傷ついた話。

 当時「なかよし」を買うために、私は毎月五百円のお小遣いをもらっていた。発売日に買いに行こうと財布の中を見たら、昨日もらったばかりの五百円玉がなくなっていた。

 一つ下の妹が友達の誕生日プレゼントを買うために、無断で拝借したと白状した。

「そんなところに財布を置いておく方が悪い」

 母は妹をかばった。

 後に新たにお金をもらったかどうかは覚えていない。「母は私より妹の方が可愛いんだ」というショックだけが心を支配した。

 夕食は常に兄の好物が並ぶ。妹は野菜が嫌いで、いつも残していた。私だけは好き嫌いが許されなかった。

「もったいないから、全部食べなさい」

 頑張って食べた。兄は運動部で、妹は偏食と小食のせいでいつもスラリとしていた。私だけが標準体型だった。

「七味ちゃんはそうでもないけど、妹ちゃんはスタイルが良くて可愛いね」

 これは母方の祖母の言だ。祖母は自宅に妹の写真ばかりを飾っていた。
 進学のために上京し、私は一人暮らしを始めた。嫌いなものを食べずに済むようになった。昔は食べられたのに口に出来るものが少しずつ減っていった。食事自体が面倒になった。そのうち私は殆んど何も食べられなくなっていた。

 摂食障害には母親との関係が深く関わっているとされることが多い。

 私の現在の身長は百六十センチ、体重四十キロ前後である。

 認めよう。完全なる摂食障害だ。そのことは、主治医と夫しか知らない。

せいめい

 名前はそれこそ命そのものだと思う。

 私の名前は変だ。俗にいうキラキラネームとは違う。どちらかというと夜露四苦ネーム。更に言えばちょっと修行を積めば簡単に後光が差してくるような金ぴかな名前だ。身も蓋もない言い方をすれば、かなり宗教臭い。

 母方の孫たちは全員、祖母がお寺(たぶん)にお金を払い、名付けてもらった。従姉妹が三人、私たち兄妹が三人。みんな一風変わった名前だが、その中で私だけが突出しておかしい字面をしている。

 名前のことがずっとコンプレックスだった。小さい頃は「変な名前」とからかわれ、学校では一番最初の出席確認のときに「珍しいね、由来は?」と私のところでいちいち止められる。同姓同名なんて願っても現れないので、「変な名前のやつがいる」と知らない人にまで顔を覚えられている。

 小学生のとき、自分の名前の由来を調べてきましょう、という宿題が出た。名前の由来を事細かに書いた紙が存在したようだが、呆れたことに両親はそれを失くしてしまっていた。意味深な割に意味不明な名前に、私は完全にアイデンティティを見失いつつあった。

 結婚した相手の苗字がまた変わっていたので、一度のやりとりで多いときは四回も姓名を確認されるようになってしまった。これは例だが、

  1. 「えっと……アンドウさん?」「ヤスフジです」(安藤)
  2. 「へー! 珍しいですね! 下の名前は……ケイコさん?」「メグコです」(恵子)
  3. 「え? メイコ?」「メ グ コ です」
  4. 「へぇ~~~ほんっと珍しいですねぇ~~~~」

 最近はもうめんどくさいのでいちいち訂正せずに、一期一会の相手の前ではアンドウケイコとして生きている。

 しかしこの名前、気のせいかもしれないがどうも縁起がいいようなのだ。

 女性は結婚して苗字が変わることが多いので、姓名判断に正解はないと言われるらしい。しかし私の場合、「誰と結婚してもどんな苗字になろうとも絶対に運が変わらないパーフェクトな名前」らしいのだ。いや、これはかなり話を盛っている。希望的観測だ。いや、でも、そのくらい思わせてくれ。無意味に神々しいのはキルラキルの皐月様だけで良いではないか。

 妹が一時期占いにハマり、勝手に占い師に私の名前を見せたという。

「この名前は良すぎる」

 二~三人の占い師に言われたそうだ。ていうか占いに通いすぎではないか、妹よ……。私一回も行ったことないんだけど……。

 確かにこの人生、何となく運が良い気がする。何となくヤバくなりそうなときは大体何かに助けられる。名前が珍しいせいでいろんな人に一発で覚えてもらえて便利なところもある。

 最近になって、父親が不意に名前の由来のほんの一端を思い出してくれた。「文学の道に進むように」との意味があったらしい。進めるもんなら進みたいが、名前だけでは進めない。努力に裏打ちされた実力を育て、一定のところまでいかなければ土俵に立つことすら許されない。

 毎日ちょっとずつ、出来ることを増やしていきたいなぁ。