73式

妙齢専業主婦の雑記帳である。文章を書く練習のため、ほぼ毎日更新の予定。

幼児の脳みそ

 「幼稚園」と「遊園地」がごっちゃになり、妖艶な血を想像させる「ようえんち」という何やらただれた言葉になってしまうことがある。薔薇の敷き詰められた真っ赤な風呂に熟れた体を沈める美女。彼女の頭上には拷問の末に殺された処女の死体が吊るされ、熟女は血のシャワーを満足そうに浴びている。妖艶血……。

 話がそれた。恐らく私は四歳だった。入園試験を受けるために、母と一緒にとある小さな幼稚園を訪れていた。試験と呼べるほどでもなかったかもしれない。園長先生と言葉をかわし、ここがトイレですよ、ここが教室ですよ、と同い年の子どもたちとずらずらと案内してもらっただけのような記憶がある。私はそこで、とある組の名前を発見した。「まつ組」。「ほし組」や「ばら組」に混じって圧倒的存在感を放つ名前に私は思わずのけぞった。

 こう見えて(どう見えるというのか)当時は家にある植物図鑑を日がな眺めていた私である。自宅の庭には小さい松の木もあった。四歳にして松の何たるかを知っていた。ちなみにこの松は祖父が手入れしてくれていたのだがその頻度は気まぐれで、平日の昼間に大きなハサミを持った老人が唐突に庭に現れる様はちょっと怖かった。老人は何故かチャイムを押さず、庭に入ってから中に誰かいないかガラス窓をドンッと叩いて確認するのである。*1

 それから入園まで、(まつ組は嫌だ……まつ組だけは絶対に嫌だ……)と密かに念じ続けていた。松が嫌いなのではない。松は松で赴きがあり、日本の自然を語るには欠かせない存在だ。ただ、「星」「薔薇」「月」「花」「松」の中で空気が読めていないのはどう考えても「松」である。幼稚園児にとって「松」は渋すぎる。

「わたくし、ほし組ですの。姉はつき組でしてよ」

「わたくしはばら組ですわ。七味さんは」

「ま、まつ組です」

「ホーッホッホッホッホ! 庶民的で地味な七味さんにはお似合いね!」

 宝塚女学園の想像がどうしても拭えない。園長先生は一体何を考えて「まつ組」を考案したというのだろうか。入園式のその日まで私は悶々とした気持ちを抱えながら過ごした。

 全ては杞憂に過ぎなかった。経営を縮小していたらしく、年少組は「ほし組」、年長組は「ばら組」で、他の教室は使われていなかった。晴れて私はほし組の一員として幼稚園生活をスタートさせた。幼児だっていろいろ考えているのであった。

*1:何故平日の昼間に子どもの私が家にいたのかはお察し下さい。